【投稿日】2014年9月4日(木)
朝日新聞は8月5日・6日の朝刊で、これまでの「慰安婦」報道の検証結果を発表。一部のメディアやネット上に、「『慰安婦』問題は朝日新聞の誤報・捏造によって作られたもの」という中傷や批判があることへの反論を行った。その中で、故吉田清治氏による強制連行の証言は虚偽であったとして記事を取り消し、「慰安婦」と「女子挺身隊」を混同した誤用を認め、取材記者による事実の歪曲を否定した。「強制連行」に関しては、朝鮮半島や台湾に限れば「軍による強制連行を直接示す公的文書」は見つかっていないが、他の地域には証拠もあること、問題の本質は軍の慰安所で女性たちが自由を奪われ、意に反して「慰安婦」にされたという強制性にあることだとしてる。
はしゃぐ“差別者”たち
この朝日の記事を受けて、まるで鬼の首を取ったかのように、産経新聞をはじめとした極右メディアや評論家、政治家たちがこれを政治利用しようとして騒ぎ立てている。朝日が「慰安婦」を偽造し、日韓関係を悪化させ、日本人の誇りを貶めた、と。自民党の石破茂幹事長などは国会での検証を言い、橋下徹大阪市長は「産経ががんばって朝日が白旗を上げた」とおおはしゃぎ。桜井よしこ氏は「朝日を廃刊せよ」と、アパホテルの元谷代表は朝日による謝罪会見が行われないかぎり広告出稿を行わないとまくし立てている。
仕組まれていたシナリオ?
自民党政務調査会は8月21日、河野談話と慰安婦問題に関する会合を開き、戦後70年となる来年に向け、新たな官房長官談話を発表するよう政府に求めることを全会一致で決めた。ここまでくると、何か得体の知れない大きな力が働き、朝日を屈服させ、国民世論を河野談話見直しに向かわせ、戦後70年の節目で、村山談話までも含めた日本の歴史認識談話を一変させるというシナリオが仕組まれていたのではないか、と疑ってしまう。通信73号で紹介した「つくる会」などが主導する差別意識にまみれた「いわゆる従軍慰安婦展」を京都、堺、生駒、高槻で公共施設を利用して開催している問題で、その意図が次回の教科書検定に「つくる会」教科書の採用があり、裏で保守団体の日本会議が暗躍していることがわかっている。今回の朝日騒動と連動しているとは考えられないだろうか。
真相の究明をもとめる
一方、今回の朝日の報道と一連の騒動にたいして、アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資 料館」(wam)は、8月10日に内閣総理大臣をはじめ、評論家や各メディアにたいして【朝日新聞「慰安婦」報道の検証をめぐる一連の報道に抗議し訴えます】という要請文を提出した。要請文では、「国家をあげて強制連行をやった事実がなかったことがほぼ確定した」といった言説は「白を黒と言いくるめるつもり」だとし、「恥ずかしげもなく、何と犯罪的なこと」と糾弾。「日本国内では言いたい放題の彼らの滅茶苦茶な暴論は国際社会では全く相手に されず、ただ危険視され蔑まれるだけだということに、まだ気がついていない」とした。また、「10代から20代の頃に慰安所に監禁され、毎日数人から数十人もの日本兵に強かんされ続けた女性たちの残虐な被害と、半世紀を経て 勇気を持って名乗り出、日 本政府に対して裁判を起こし、謝罪と賠償を求めて立ち上がった彼女たちの存在を一顧だにしない」と 指弾。日本政府にたいして「今求められているのは『河野談話の作成過程の検証』ではなく、日本軍『慰安婦』制度についての第3次政府調査で」あり、「第2 次調査以降、慰安所の設置や運営、『慰安婦』の移送などについて、研究者や市民によって膨大な数の公文書や証拠文書が発掘されて」おり、「これらの検証と、聞き取り調査が進められてきたアジア各国の被害者の証言と目撃者や元兵士の証言を収集し、『慰安婦』制度の実態について更なる真相究明を行う」よう要請した。 また、朝日新聞、産経新聞も含めた全てのメディア関係者にたいして「各国・各地で『慰安婦』にされた女性たちの証言や被害にあった時の状況」を丹念に取材し、「それをメディアを通して多くの日本人に伝える努力をし」てほしいこと、また「自由権規約委員会をはじめとする国際社会の勧告に、日本政府がどう対応するのか」をしっかり報道してほしいと訴えた。このような当事者を代表する訴えに、政府や各報道機関はどのように反応したのだろうか。いまのところこの要請に対する報道も、回答も見受けられない。
国連勧告も無視か
wamでも指摘しているとおり、この7月にジュネーブで開かれた国連の自由権規約委員会は、「慰安婦」問題について日本政府に対し、以下のような所見を出した。以下長くなるが引用する。
14. 委員会は、締約国が、慰安所のこれらの女性たちの「募集、移送及び管理」は、軍又は軍のために行動した者たちにより、脅迫や強圧によって総じて本人たちの意に反して行われた事例が数多くあったとしているにもかかわらず、「慰安婦」は戦時中日本軍によって「強制的に連行」されたのではなかったとする締約国の矛盾する立場を懸念する。委員会は、被害者の意思に反して行われたそうした行為はいかなるものであれ、締約国の直接的な法的責任をともなう人権侵害とみなすに十分であると考える。委員会は、公人によるものおよび締約国の曖昧な態度によって助長されたものを含め、元「慰安婦」の社会的評価に対する攻撃によって、彼女たちが再度被害を受けることについても懸念する。委員会はさらに、被害者によって日本の裁判所に提起されたすべての損害賠償請求が棄却され、また、加害者に対する刑事捜査及び訴追を求めるすべての告訴告発が 時効を理由に拒絶されたとの 情報を考慮に入れる。委員会は、この状況は被害者の人権が今も引き続き
侵害されていることを反映するとともに、過去の人権侵害の被害者としての彼女たちに入手可能な効果的な救済が欠如していることを反映していると考える。(アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」HPより引用)
国際社会が問題視しているのは暴力的な連行の有無ではなく、「被害者の意思に反して行われた」行為であり、「慰安婦」が日本軍の兵站部門に組み込まれた制度であったことである。さらに被害者に2次的被害を与えていることである。日本は規約の締約国として勧告を順守する努力義務があるが、昨年の国連社会権規約の勧告で安倍政権は「守る義務なし」との姿勢を取った。今回も無視するのだろうか。
いすれブーメランのように
人権問題を考えるときにもっとも重要なのは、被害者の声を真摯に聞き、寄り添うことである。しかし現状は「売春婦」「嘘つき」と被害者を罵るなど、「セカンドレイプ」し続けている。こんなことがいつまでも許されていいはずがない。 産経新聞をはじめとした極右メディアや評論家、政治家たちは、吉田証言の報道や挺身隊との混同がもたらした「誤解」を解けば、日本が着せられた「濡れ衣」を晴らすことができるという幻想を振りまき続けている。そのことがどれほど当事者の人権を侵害し続け、国際社会を欺き続けているのか自省すべきである。そうでなければこの罪はいずれかならずブーメランのように自身にかえってくるだろう。朝日の責任を追及しているものたちが、歪曲やミスリード、そして被害者への人権侵害に対する責任を問われる日はいずれくる。(K)