【投稿日】2017年9月19日(火)
小池百合子東京都知事は、毎年9月1日に市民団体などで構成する実行委員会主催の「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式」に都知事名で送っていた追悼文を、今回見送る決断をしました。この決断にたいしてKMJは、小池都知事が、関東大震災時における朝鮮人虐殺を矮小化し、なかったことにしようとする行為として断固抗議します。
小池都知事はその理由を記者会見において「3月に関東大震災と都内の戦災遭難者慰霊大法要に出席をしている。その場で都知事として、関東大震災で犠牲となられたすべての方々への追悼の意を表した」。そして「民族差別という観点というよりは、災害の被害、さまざまな被害によって亡くなられた方々に対しての慰霊をしていくべき」と話しました。
一見「すべての方々」を平等に遇するかのような物言いですが、これは、アメリカで批判を浴びているドナルド・トランプ大統領の話法とよく似ています。白人至上主義者のデモが反対派と衝突し死傷者が出た後、トランプ大統領は「どっちもどっち」という趣旨の発言を行いました。反対派の抗議の手法に注目し、双方も同じように批判してみせることで、人種差別という根源的な問題から目をそらそうとしました。もしくは、その問題性を薄めて小さく見せようとしました。
一方の小池都知事は、虐殺の被害者を「関東大震災で犠牲となられたすべての方々」「さまざまな被害によって亡くなられた方々」の一部に組み入れることで、虐殺の事実を見えにくくし、あるいは「なかったこと」のように扱おうとしているように思えます。つまり「民族差別」という根源的な問題から目をそらそうとしているのではないでしょうか。
追悼式を主催する市民団体らの実行委員会は8月26日、小池都知事の対応に抗議する声明(25日付)を発表しました。声明では、「関東大震災時に引き起こされた在日朝鮮人に対する虐殺の事実から目を背けるものとしか見えない」と指摘。「歴史修正主義、排外主義の潮流に身を置くことを示しているように思われる。近隣諸国や世界の目からも厳しい批判が寄せられる事態を生むかもしれない」などと、批判しています。KMJはこの声明を支持します。
また、フリージャーナリストの安田浩一さんはTwitterで「天災ではなく、デマによって多くの人が殺された『事件』は性格が違う。だからこそ歴代知事も独自に追悼文を寄せていたのではなかったのか」と指摘しました。
安田さんが指摘するように、被災者一般の追悼と朝鮮人犠牲者の追悼は全く意味がちがいます。朝鮮人虐殺は、官憲・軍の主導の下、混乱に乗じて行われた人災であり、その背景には「民族差別」があったことは、さまざまな研究や証言から明らかになっています。
「不安な状況下においては、差別や偏見は人命を奪うことにつながる」関東大震災時の朝鮮人虐殺は教訓として語り継がれ、風化させてはならないことです。そのことが犠牲となった方々への追悼にもなるはずです。昨今、むき出しの排外主義が日本社会にはびこる中で、一層その重要性が高まっているはずです。
9月1日は過ぎましたが、むしろ朝鮮人への虐殺は震災以降に数カ月間にわたり、関東各地でおこなわれました。小池都知事はそのことを認識し、今からでも追悼の意思を示すべきです。
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