“スゴイ”のは日本じゃなくて大坂選手 - 一般社団法人在日コリアン・マイノリティー人権研究センター

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“スゴイ”のは日本じゃなくて大坂選手

【投稿日】2018年10月17日(水)

 テニスの全米オープン決勝、大坂なおみ選手は過去何度も今大会を制しているセリーナ・ウィリアムズ選手を圧倒し、初優勝を遂げた。表彰式でセリーナを応援する観客からブーイングが沸き起こったが「こんな終わりかたになってごめんなさい」と謙虚に観客に語りかけ、ブーイングを鎮めた。この姿をみたスポーツキャスターの松岡修造氏が叫ぶ。「大坂選手は日本人の優しさ、日本の心を全世界に伝えてくれました!!」この言葉を聞いて唖然とした。松岡氏だけではない。各メディアがこぞって、大坂選手のスピーチや対応を「日本の心」「日本人の謙虚さ」と結び付けた。いわゆる今流行の「日本スゴイ」論である。

 大坂なおみ選手は1997年にハイチ系アメリカ人の父と北海道出身の日本人の母の間に生まれた。大阪府で生まれたが3歳のときに渡米。それ以降は現在までアメリカを生活の拠点にしている。日本語もそのため得意ではない。国籍は日本とアメリカの二重国籍。テニス選手としては日本国籍を選択している。現行の国籍制度では22歳の誕生日までに、どちらかの国籍を選択することになる。大坂選手の場合は、来年10月に22歳を迎えることから、その選択が注目されている。それは2020年に東京オリンピックを控えているからだ。

 それはさておき、大坂選手に対しては、ついこの間まで、ネットなどでは「日本選手っぽくない」「この人を日本選手と呼ぶことに違和感がある」という差別的な攻撃がやたら見られた。しかし、全米オープンで優勝し、素晴らしいスピーチで世界中から評価を集めた途端に、今度は一斉に手のひらを返し、例の“日本スゴイ”に大坂選手の存在を利用しはじめたのである。いうまでもなく、大坂選手の謙虚さや優しさは日本人だからではない。“スゴイ”のは日本ではなく大坂選手なのである。それを「日本の心」「日本人ならではの謙虚さ」などと言い張るのは、我田引水以外の何物でもないし、大坂選手の個性を認めない差別意識の裏返しではないだろうか。

 大坂選手は帰国後の記者会見で日本人としてのアイデンティティについて質問された際に、しばらく質問の意味がわからずとまどったあと、こう答えた。
 「アイデンティティがどうとかについてはあまり考えていませんね。私は私であって。日本人としての一面もあるとは言われていましたけれども、でも、テニスの仕方にそれが出ているとは思いませんし、それが日本式だとは思いませんね」。

 記者が期待したであろう「日本人として誇りを持っている」などという発言は大坂選手からはなく、さぞかしがっかりしただろうが、これこそ大坂選手の個性であり、素晴らしさなのである。

 昨今、ダブルの方たちが芸能界やスポーツ界で活躍し、注目されているが、彼/彼女らを取り巻く差別の状況はまだまだ厳しい。大坂選手の母親も、連れ合いとの結婚を両親から反対され、大阪に移り、アメリカに移住した経験を持つ。彼女が最近、ツイッターで次のように述べたそうだ。『家族の「恥」だった、何十年ものあいだ砂漠とジャングルの中にいた、私は今もまだ生きている』。差別と偏見に相当に苦労されたことが容易に想像できる。

 大坂選手はこれから活躍すればするほど、同時に「日本人らしさ」を求め続けられるだろう。この異常な雰囲気に大坂選手が潰されないか心配である。だが逆に大坂選手がそれらを撥ねつけていくことで、「日本人」以外の者を排除しようとする日本社会が大きく変わるきっかけになる。日本社会は彼女を「日本人」として利用するのでなく、差別をなくすことに力を入れるべきだ。(高)