【投稿日】2018年11月7日(水)
韓国大法院(最高裁)は10月30日、日本の朝鮮植民地支配下で日本製鉄(現新日鐵住金)に強制連行・強制労働させられた元徴用工被害者が、同社に損害賠償を求めた裁判で、支払命令を確定させた。2012年の大法院判決において、被害者の損害賠償を認めた判決に対して新日鐵住金が上告していた。
今回の裁判のポイントは、植民地支配下において日本企業が行った強制労働に対する法的責任を認めるかどうか、元徴用工被害者の人権回復を法的救済によって図るかどうか、つまり植民地支配によって奪われた個人の尊厳を回復するかどうかを問う裁判であった。それは1965年に締結された日韓条約などの二国間条約によって被害者の人権が奪われても良いのかという国際人権法に基づく個人の権利の問題をも問う重要な裁判であった。
これに対し、「徴用工問題は1965年の日韓請求権協定で完全かつ最終的に解決している」という立場の日本政府は猛反発。マスコミも口を揃えて反発の姿勢をみせている。産経新聞は「政府は前面に立ち、いわれなき要求に拒否を貫く明確な行動を取るべき」と主張、リベラルな朝日や毎日でさえ「日韓関係の根幹を揺るがしかねない」として批判的な論調をおこなっている。
ここでポイントとなっているのが「個人の請求権」は「消滅」したのか、していないのかである。実は、今回報道でも全く触れられていないが、これまで日本の外務省は、国会で何度も「日韓請求権協定は、個人の請求権そのものを消滅させたものではない」と明言しているのである。たとえば、1991年8月27日の参院予算委員会では、当時の柳井俊二・外務省条約局長(のちの外務次官)が“両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決した”(日韓請求権協定第二条)の「意味」について、「日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということ」として、「いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません」と答弁している。また、1992年2月26日の衆院外務委員会の答弁においても、「この条約上は、国の請求権、国自身が持っている請求権を放棄した。そして個人については、その国民については国の権利として持っている外交保護権を放棄した。したがって、この条約上は個人の請求権を直接消滅させたものではないということでございます」と述べている。
つまり、日韓請求権協定における請求権放棄は、政府が、国民の有す請求権のために発動できる外交保護権の行使を放棄しただけであって、個人の請求権を政府が禁じることはできない、すなわち、個々人の請求権は日韓請求権協定後も存続している、ということになる。そのうえで、あとは司法の判断になるというのが、日本政府のオフィシャルな見解のはずであった。
これは、実態としてもそうなっている。たとえば、1995年には、広島の三菱重工に強制動員された韓国人5人が広島地裁に、今回の新日鐵住金には1997年に2人が大阪地裁に訴えを起こした。最終的にどちらも敗訴したが、訴えじたいは受理されている。
一方、韓国では、今回のように「原告らの損害賠償請求権は日韓請求権協定で消滅していない」という判断を下した後、元徴用工や元挺身隊員が日本企業に損害賠償を求めた訴訟で、高裁や地裁が日本企業側に賠償を命じる判決を出すようになった。
司法の判断は日韓で真っ二つに割れているが、個人請求権そのものは消滅しておらず、最終的には司法が判断するという原則は一致しているのである。
今回の判決を受けて、強制動員真相究明ネットワーク《共同代表:飛田雄一(神戸学生青年センター)庵逧由香(立命館大学)》は以下のような声明文を発表した。(2018年11月1日)
『韓国大法院の判決を受けとめ、日本政府と企業は戦時の朝鮮人強制動員問題の包括的解決を!
2018年10月30日、韓国の大法院は日本製鉄の強制動員被害者の損害賠償請求権を認め、被告の新日鉄住金の上告を棄却しました。
大法院は強制動員被害者の損害賠償権を、日本政府の朝鮮半島に対する不法な植民地支配と侵略戦争の遂行に直結する日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権と規定しました。
大法院は、日韓請求権協定は債権債務関係を処理したものであり、この協定には日本企業による反人道的な不法行為に対する慰謝料請求権は含まれないとし、強制動員被害者への賠償を命じたのです。
わたしたちは韓国での真相究明の動きのなかで、2005年に強制動員真相究明ネットワークを結成し、強制動員の研究、名簿の調査、遺骨の返還、強制動員被害者の尊厳回復にむけての活動をすすめてきました。今回の大法院の判決は、強制動員の事実と被害者への損害賠償を認め、被害者の尊厳を回復するものです。
わたしたちはこの判決を支持し、日本政府と企業がこの判決に沿って対応することを求めます。
日本政府は、1939年から45年にかけての朝鮮半島から日本への80万人に及ぶ労務動員を強制労働として認知せず、損害賠償については日韓請求権協定で解決済みとしてきました。企業もそのような姿勢に追随してきました。今回の判決については、「請求権協定に違反」、「国際法に照らし、ありえない」、「毅然として対応する」、「韓国政府が必要な措置を取るべき」などと語り、強制動員問題の解決に向けて行動する姿勢を示していません。
しかし、2国間の条約・協定で個人の請求権を消滅させることはできないのです。動員被害者は訴える権利を持ち、裁判所は賠償を命じることができるのです。国際法では人道に対する罪に時効はありません。朝鮮の植民地支配を合法とするのではなく、強制動員などの植民地支配の歴史に真摯に向き合い、反省すべきです。動員被害者の尊厳回復に向けて、日本政府と企業が必要な措置をとることが求められているのです。
今回の判決をふまえ、日本政府と企業は強制労働の事実を認め、不法行為への損害賠償をおこなうべきです。そこから信頼が生まれ、アジアの友好と平和がすすみます。侵略と植民地支配の事実に目をそらし、過去を正当化してはならないのです。
今回の韓国大法院の判決は、人類の強制労働の克服をめざす国際的な活動の歴史的成果であり、世界の正義と良心に支えられたものです。この判決を受けとめ、解決にむけて行動することで、日本の評価は高まります。わたしたちは、安倍政権がこの判決を受けとめ、政府と企業が基金の設立など戦時の朝鮮人強制動員問題の包括的解決に向けての作業をはじめることを呼びかけます。』
また、日本の支援団体「日本製鉄元徴用工裁判を支援する会」と韓国の支援団体「太平洋戦争犠牲者補償推進協議会」「民族問題研究所」が10月30日に出した共同声明では以下のように訴える。
『裁判原告のうち呂運澤氏と申千洙氏の2人は1997年に日本の大阪地裁に提訴してから、司法による正義が実現されることを待ち望みながらも本日の判決を迎えることなく亡くなりました。原告の呂運澤氏は「日本製鉄で仕事した経験は、それが苦しいものであれ、楽しいものであれ、私の人生の一部であり、人生に大きな影響を及ぼしました。ですから、私はその時期、汗を流しながら一所懸命に仕事をした代価を必ず認めてほしいです。日本製鉄は、法とか外交協定のような政治的な決定の後ろに隠れずに、堂々と前に出て、この問題について、責任をとって下さい。」と会社に責任を果たすことを求める悲痛な言葉を残して亡くなりました。4名の原告のうち3名がすでに亡くなり、後続の裁判原告も高齢の被害者ばかりです。被害者にもはや時間は残されていません。新日鐵住金に判決に従いただちに被害者への補償を行うことを強く求めます。』
日本社会はまずは冷静になって、被害者個人が損害賠償を求めることは、「日韓請求権協定」とは何ら関係のないことを自覚すべきだ。その上で、個人の救済を日韓共同で考えていくべきではないだろうか。当事者抜きで話しをすすめてきた責任は双方にあるのだから。またこれを利用して「嫌韓」感情を喚起したい排外主義者たちに、被害者たちを利用させてはならない。(高敬一)*リテラ記事を参照しました。